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東京都港区の歴史
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所在地 港区白金台5

 日糖坂ともいい、日東紡あるいは日本製糖の用地があったからと伝える。大正初年(1912)に開かれた坂と推定される。
 平成14年(2002)6月 港区
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所在地 港区白金台3-17-5

誠滝山 妙圓寺(妙円寺)〔白金妙見〕


                                         御堂

山手七福神
  福禄寿
    寿老人
                                 


所在地 港区白金台2-12-30 (ハイクレスト白金台)

 三田上水は、江戸市街の拡大で増加した水の需要に応じるため、寛文4年(1664)に玉川上水の水を下北沢で分水したものです。
 中村八郎右衛門・磯野助六によって開かれたといわれ、代田、代々木、渋谷、目黒を経て現在の白金台、高輪、三田、芝地区に配水されました。享保7年(1772)に学舎室鳩巣の意見で本所(亀有)、青山、千川の各上水とともに廃止され、江戸の街を潤す水道は玉川上水、神田上水の両上水だけとなりました。しかし、三田上水は流域の村々の農業用水でもあったので、嘆願して廃止の翌々年から再び水を引くことを許され、三田用水と呼ばれて一宿十三ヵ村の用水として使用されました。
 当時の水道は自然に流れるだけでしたので、この付近では堤状に水路を残して通す工夫をしました。ほとんど失われてしまった三田用水路の貴重な遺構は、特に断面がわかるように残されています。また、水路の通っていた位置を示すための色違いのタイルを地上に並べて記念としています。
 昭和57年(1982)3月設置(平成19年〔2007〕2月立替)
 港区教育委員会 管理ハイクレスト白金台管理組合

                          大雄宝殿(だいおうほうでん)

所在地 港区白金台3-2-19 (瑞聖寺)

 禅宗 紫雲山 瑞聖寺

 山手七福神
  布袋尊

国指定重要文化財(建造物)
 瑞聖寺大雄宝殿
       通用門
一棟
          平成4年(1992)8月10日指定

 紫雲山瑞聖寺は、江戸で最初の黄檗宗の寺院で、寛文10年(1670)から建設に着手し、翌寛文11年(1671)諸堂が完成しました。創建伽藍は享保11年(1726)と延享2年(1745)の2回の火災で大きな被害を受けましたが、文化年間(1894~1818)に再び整備されました。
 大雄宝殿は黄檗宗寺院の中心的建物で、身舎の外側に裳階を廻らせ、身舎の屋根は入母屋造、本瓦葺で、寺格にふさわしい雄大な規模を持つ黄檗建築の仏殿です。棟札から宝暦7年(1757)の再建と推定され、その後、何度か修理が行なわれました。二重屋根の外観や細部意匠に黄檗建築の特徴を保ちながら、組物の簡略化、正面吹放部分の化粧軒裏天井、背面一間通りの吹放、内部の両脇に畳敷床を設けるなどの特徴があり、江戸市中に残された数少ない本格的仏堂建築と」して貴重な存在です。昭和60年(1985)から63年間にかけて解体修理が行われ、仏壇回りを除いて往時の雄大な姿が再現されています。
 紫雲山 瑞聖寺



港区指定有形文化財(絵画)
  涅槃図
        平成4年(1992)10月28日指定

港区指定有形文化財(絵画)
  涅槃図
        平成13年(2001)10月23日指定

港区指定有形文化財(彫刻)
 木造釈迦如来像阿難像・迦葉像
        昭和63年(1988)10月26日指定

港区指定有形文化財(書跡)
  瑞聖寺所蔵墨蹟
        平成2年(1990)10月24日指定

港区指定有形文化財(歴史資料)
  伝真柄直基所用 野郎頭兜
        平成9年(1997)10月14日指定

港区登録有形文化財(歴史資料)
  鉄牛禅師関係遺品
        平成13年(2001)2月14日指定


所在地 港区白金台

 今里村の地名のひとつである。その起源について特別の説は残っていない。
 平成20年(2008)10月 港区

                               山門
所在地 港区白金台1-1-47 (覚林寺)


                                         本堂

 港区指定有形文化財(建造物)
清正公堂及び山門
           平成19年(2007)10月23日指定

 覚林寺は弘化2年(1845)の大火で全焼し、山門は安政3年(1856)、清正公堂は慶応元年(1865)に再建されたものです。
 清正公堂は拝殿・幣殿・本殿からなる権現造形式です。拝殿は間口三間奥行三間、幣殿は間口一間奥行三間。本殿は土蔵造で明治中期頃の再建と考えられますが、伝統的な意匠をもちます。三門は覚林寺の表門で、木造・銅板葺の薬医門であり、両側に脇戸が付きます。斗に皿斗が付くほかは装飾的要素の少ない簡素な門です。
 清正公堂は本殿部分を土蔵造とする権現造で、近世の建物構成を継承しています。拝殿・幣殿は本格的な禅宗様形式を採用し、本殿も伝統的な意匠を引き継いでおり、近世以来の技術を伝えるものとして高く評価されます。また三門は現在の境内おいて最古の建築であり、同時期の建設になる清正公堂とともに、近世以来の境内の構成を伝えている貴重な建造物です。
 港区教育委員会



                            清正公堂

 山手七福神
   毘沙門天


                                      毘沙門堂

所在地 港区白金台3-2-19 (瑞聖寺)

港区指定有形文化財(彫刻)
 木造釈迦如来
 阿難像あなんぞう
 迦葉像かしょうぞう
            昭和63年(1988)10月26日指定

 瑞聖寺は、黄檗宗寺院として江戸において初めて建立されたものです。開基は青木甲斐守重兼で、黄檗宗を日本に開宗した中国僧隠元の弟子である木庵性瑫が開山として招請され、漢文11年(1671)に落成しました。
 本尊釈迦如来坐像(寄木造)は、体部背面に金泥で記した「寛文十一辛亥」の銘があり、瑞聖寺開山のときの造像であったことがわかります。また、頭部内刳面に「音羽仏師祐運次郎兵衛」の墨書銘があり、京仏師の作とわかります。
 両脇侍の阿難・迦葉立像(寄木造)も、釈迦如来像の一具像として、保存もよく、伝存するのは貴重です。
 中国明時代の様式を伝えた、区内における稀有の作例として貴重です。
 法漁
釈迦如来像  像高 77.4センチメートル
          光背 142.0センチメートル
阿難像     像高 111.9センチメートル
迦葉像     像高 107.7センチメートル
  港区教育委員会

              明治学院記念館(港区文化財)

所在地 港区白金台1-2-37 (明治学院大学)




                   明治学院インブリー館


       明治学院礼拝堂(チャペル)(港区文化財)


                      明治学院校歌碑


          G.H.F.VERBECK(フルベッキ)の碑


港区登録有形民俗文化財
メーソン&ハムリン社製
   415型リードオルガン
           平成10年(1998)12月2日指定


所在地 港区白金台1-2-37 (明治学院大学)

港区指定有形文化財(建造物)
 明治学院記念館
             昭和54年(1979)10月23日指定



 島崎藤村が小説「桜の実の熟する時」の中で、「・・・新しく構内に出来た赤煉瓦の建物は、一部は神学部の教室で、一部は学校の図書館に成つて居た。まだペンキの香のする階段を上つて行つて二階の部屋へ出ると、そこに沢山並べた書架がある。一段高いところに書籍の掛りも居る。・・・書架で囲はれた明るい窓のところには小さな机が置いてある。そこへも捨吉は好きな書籍を借りて行つて腰掛けた・・・」と書いているのが、この赤煉瓦の建物である。1890年(明治23年)6月24日に献堂式が行われた。建築当初は、神学部の教室、教授室、ならびに図書館として使用されたが、長い歳月を経た現在は、記念館と呼ばれている。
 設計は、H・M・ランディス教授。赤煉瓦・瓦葺きのニ階建てで、当時アメリカで流行したネオゴシック様式。延面積は約235平方メートル。1894 年(明治24年)6月の大地震で大破し二階部分を木造に改造。木造部分は木材の骨組を真壁にし木骨を表に出し、煉瓦と木造との連繋構造は妙をえて高い評価を受けている。尖頭は1914年(大正3年)のサンダム館の火災時に類焼して改造されたもの。
 1923年(大正12年)の関東大震災では煉瓦の大煙突が崩壊、1966年(昭和41年)道路拡張のため現在地に移動復元した。1979年(昭和54年)、東京都港区の指定文化財となった。
     明治学院


所在地 港区白金台1-2-37 (明治学院大学)

 有形指定有形文化財(歴史資料)
明治学院インブリー館
       建設関係資料
             平成8年(1996)10月22日指定

 明治学院大学がこの白金の地に開校したのは、1887年(明治20年)9月15日であるが、開校までに普通学部校舎及び講堂のザンダム館と同部寄宿舎のヘボン館が建築されていた。
 引続き、神学部校舎兼図書館(現「記念館」)や、当時学院で教えた宣教師の住宅などの西洋館が相ついで建てられた。
 島崎藤村が小説『桜の実の熟する時』の中で、「向ふの講堂の前から敷地つヾきの庭へかけて三棟並んだ西洋館はいづれも捨吉が教を受ける亜米利加人の教授達の住居だ。白いスカアトを涼しい風に吹かせながら庭を歩いて居る先生方の奥さんも見える。」と書いている三棟の宣教師住宅は、構内西南隅(現高校校舎敷地)にあったもので、今は残っていない。
 この建物は、これらとは別に構内東北隅に建てられ、学院の宣教師住宅のうちただ一つ現存するものであり、ウィリアム・インブリー博士が長年住んだので、「インブリー館」と呼ばれてきた。1889年(明治22年)頃の建物で、木造瓦葺2階建、建築様式的には19世紀後半の亜米利加の住宅様式を反映している。
 1964年(昭和39年)現在地に曳屋され、1994年(平成6年)から建物調査、解体調査工事、1996年(平成8年)5月から組立工事を行い、1997年(平成9年)9月に全面修復が終わった。現在は木造銅板葺2階建で、延床面積は301.3平方メートル。同窓会本部等として利用されている。
     明治学院大学 


所在地 港区白金台1-2-37 (明治学院大学)

港区指定有形文化財(建造物)
 明治学院礼拝堂
            平成元年(1989)10月25日指定



 1903年(明治36年)建築のミラー記念礼拝堂が度重なる地震のため地盤沈下し破損、危険となったため、サンダム館2階の講堂が礼拝堂として使用されていた。ところが1914年(大正3年)11月24日にこのサンダム館も火災のため焼失し学院は礼拝を行う場所を失った。そこで、礼拝堂の建築が急がれた。
 井深梶之助総理とインブリー博士は、理事会に諮り建築資金の調達に奔走。米国プレスビテリアン(長老派)、リフォームド(改革派)の両ミッションに上申書を送り援助を懇請した。その結果、セベレンス氏からの寄附があり、それが資金にあてられた。
 ミラー記念礼拝堂の前例があるので、特に基礎工事を堅固にし、1915年(大正4年)11月30日に定礎式を行い、当時来朝中のプレスビテリアン外国伝道局主事スピーア博士が礎石をすえた。工事は順調に進行し、翌1916年(大正5年)3月落成。同3月27日には卒業式をかねて献堂式が行われた。建坪は約375平方メートル。建築様式は英国式、設計はウォーリス会社であった。
 その後学生数の増加に伴い狭隘となったので1920年代の末に両袖を拡張、十字架型とし、さらに講壇の一部を改造した。1966年(昭和41年)2月19日に、西独ヴァルカー社製作のパイプオルガンが設置され、奉献式が行われた。
     明治学院大学 


所在地 港区白金台1-2-37 (明治学院大学)

人の世の若き生命(いのち)のあさぼらけ
学院の鐘は響きてわれひとの胸うつところ
白金の丘に根深く記念樹の立てるを見よや
 
緑葉は香ひあふれて青年(わかもの)の思ひを伝ふ
心せよ学びの友よ新しき時代(ときよ)は待てり
もろともに遠く望みておのがじし道を開かむ
霄あらば霄を窮めむ壌(つち)あらば壌(つち)にも活きむ
 
ああ行けたたかへ雄雄しかれ
眼さめよ起てよ畏るるなかれ

          島崎藤村


所在地 港区白金台5-21-5

国指定天然記念物及び史跡
 旧白金御料地
     昭和24年(1949)4月12日指定

 白金教育園は、中世の時代に白金長者とよばれる豪族が館を構えたのがはじまりです。江戸時代は高松藩主松平讃岐守の下屋敷、明治時代は陸海軍の火薬庫、大正時代は白金御料地と移り変わり、昭和24年(1949)に国の「天然記念物及び史跡」に指定されるとともに国立自然教育園となりまいた。



所在地 港区白金台5-21-9 (東京都庭園美術館)

 東京都指定有形文化財(建造物)
  旧朝香宮邸
     平成5年(1993)3月22日指定

 朝香宮家の本邸として、昭和8年(1933)5月に竣工した建物である。一部内装の基本設計はフランスの装飾美術家アンリ・ラパンが担当し、実施設計は宮内省内匠寮工務課技師の権藤要吉らが分担して行った。
 建物の規模は地上2階(一部、中3階)、地下1階。建築面積1,048.29平方メートル。主体構造は鉄筋コンクリート造である。
 建物は昭和22年(1947)まで朝香宮の本邸として使われていたが、室内装飾には20世紀の始めの最も先進的で、最後の装飾芸術であったアール・デコ様式が随所に採用され、新鮮で華やかな意匠に満ちていた。
 現在は美術館として使用されたいるが、内部の改造は僅少でアール・デコ様式を正確に留め、昭和初期の東京における文化受容の様相をうかがうことができる貴重な歴史的建造物である。なお、室内のガラス装飾は装飾工芸家ルネ・ラリックの作品として有名である。
 東京都教育委員会


所在地 港区白金台5-13-34

浄土宗
 無量山 慈雲院 法蓮寺

 


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