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東京都港区の歴史
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所在地 港区新橋5-19

     塩釜公園の沿革
 江戸時代、この公園の場所は、仙台藩主伊達家の中屋敷内にあり、盬竈神社(しおがまじんじゃ)の境内になっていました。
 この神社は、はじめ元禄8年(1695)に今の東新橋にあった伊達家上屋敷内に、領地の盬竈神社本社から分霊を迎えて祀られていたものが、安政3年(1856)に移転され、邸内社として私に祀っていました。その後一般の人々にも参拝を許し、本社に同じく安産の神様として信仰を受けました。
 明治になり、大名屋敷がなくなってからも神社は存続しましたが、大正12年(1923)の関東大震災の後、災害時の避難場所の確保と町民の安息や子どもの遊び場もかねて、昭和5年(1930)に東京で唯一の町立盬竈公園として開園しました。
 その後、昭和46年(1971)、港区が区立塩釜公園として整備しましたが、敷地拡張に伴い、この度、全面改造を行いました。
 昭和59年(1984)12月 東京都港区
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