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東京都港区の歴史
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所在 東京都港区赤坂6-5-4

 江戸時代前期、この公園付近には広島藩浅野家を本家とする浅野家の本・分家の屋敷があり、赤穂藩浅野内匠頭の屋敷もこの地域にありました。元禄10年(1697年)にはその一部が幕府旗本の屋敷地となり、この公園の土地も旗本屋敷となりました。享保14年(1729年)には三次藩浅野家屋敷跡の一部が氷川神社の宮地と定められ、その門前が赤坂氷川門前町となりました。その後、幾多の土地の変遷を重ね、幕末を迎えました。



 明治2年(1869年)、氷川門前と氷川社僧屋敷、一ツ木町飛地を合併して赤坂氷川町が誕生しました。明治39年(1906年)、新山荘輔の邸宅となっていたこの地を赤坂区が買収し、明治41年(1908年)東京市氷川尋常小学校が開校しました。ところが、昭和4年(1929年)に隣家屋火災により校舎類焼したことから、学校は勝海舟亭跡の旧氷川小学校の地に移転しました。昭和10年(1935年)8月28日、同小学校の移った跡地を公園として開設しました。その後、昭和25年(1950年)10月1日東京都より移管を受け、港区が管理を行っています。

          赤坂地区総合支所地区協働推進課

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