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東京都港区の歴史
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所在 東京都港区新橋4-31-7先



  史蹟

舊・田村右京太夫屋敷跡にして元禄14年(1701年)(辛巳3月14日)に野内匠頭の自刃せし所なり

  < 辞世 >

「 風さそふ 花よりもなほ 我はまた 
    春の名残を 如何にとやせむ 」

               東京都

石碑 青山石勝 作

 元禄14年(17012月、江戸城内の松の廊下で赤穂藩藩主・浅野長矩が高家肝煎・吉良義央に切りつける。浅野長矩は一関藩主田村建顕邸に預けられ、将軍綱吉の裁断により即日切腹となりました。吉良家には何らの咎めも受けず、しかも、播州赤穂浅野家は後に廃絶となったことから、後年赤穂浪士による討ち入りを招くこととなる。
 その跡地には昭和15年(1940)に「浅野内匠頭終焉之地」石碑が建てられました


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