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東京都港区の歴史
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所在 東京都港区赤坂6-10-12 (赤坂氷川神社)

  正一位 西行稲荷社縁起

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 文政年間(1816年~1830年)、町方書上の赤坂田町4丁目より録写したところによれば、町内自身番屋敷地内に古来からあった祠堂(しどう)で本社は六尺に七尺五寸、拝殿二間四方で前方に三尺に六尺の向拝(こうはい)がありました。



 勧請(かんじょう)の由来は、年代不詳(享保年間ともいう)、田町5丁目に西行五兵衛と異名をもつ男あり、榎坂(えのきざか)を通行中、甲冑(かっちゅう)を帯し弓箭(きゅうせん)を携え、狐の形をしている三寸程の鉄像をひろいとったが、稲荷の御神体らしいと云ふので、これを勧請し、五兵衛の異名を以って、西行稲荷と唱えられました。



 明治以降、町の発展に伴い、大正10年(1921年)9月氷川神社境内に移し、別名「火伏の稲荷(ひぶせのいなり)」ともいい、火災除の御神徳があると称されております。

  平成7年(1995年)9月吉日建之 赤坂田町3・4・5丁目町会

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