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東京都港区の歴史
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所在地 港区芝公園4-7-35 (増上寺)

   佐瀬得所遺徳之碑

遺徳之碑為佐瀬得所翁建也翁書師耳何曰遺徳翁有師道焉既歿而人不能故也翁会津人幼嗜書甞赴長崎與清客銭少虎江元曦等論筆法後遂航清国遍訪名家質正研鑽二年而還寓東京名振弟子益進其所書脩斎廉節四字會経  御覧賜描金梅花筆一書金龍墨雨笏蓋異敷也翁於是命居曰梅龍書屋張宴於河東一樓大会賓客拝観  御賜席上作鷲龍二字方一丈有餘腕力勁健溌墨淋林檎観者驚歎翁於書無所不学而尤喜欧陽率更趙松雪與清人遊遂大有所悟能成一家為人楽易真率未甞毀誉人可否時事常以揮麗自娯忘栄枯得喪故其書亦沖澹幽雅無怒張之気脩之態官左院無幾罷去専以教授為業及門殆二千人緋素摺帖満室堆案翁起臥其間日夜不停筆持摸本来者口講指書眩暈腕痺猶不肯休蓋不肯休蓋篤嗜所存不自知其為労然終以此獲疾至不起明治十一年一月二日也年五十七翁既不誇技能誨人諄偲偲俯就泛應終始弗渝以故門人親愛之如父母及歿謀建碑於三縁山麓以予與翁有舊来乞碑文師道之廃也為師者不知所以教弟子為弟子者不知所以学既学矣又不知所以報朝則師弟夕為路人背憎陰詆往往操戈入室鳴呼甚矣風俗之趨汚下凡百学芸莫不皆然惟翁至性所感門人小子没世不忘幾乎有廬家服喪之思語云誨人不倦翁近之詩云無徳不服門人有焉然則翁之與門人道也進乎枝矣
明治十一年戊寅四月  一等編修官従五位重野安繹撰文
善用我法能為人師道進乎技豈惟工書惜余来之遅不及見之噫
大清光緒四年戊寅夏五月殻旦
欽差出使大臣何如璋撰銘 出使随員沈文篆額
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